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友達がたくさんいるのに孤独な人

友達がたくさんいるのに孤独な人という種類の人がいる。


はじめはどういうことかよくわからなかったが、そういう種類の人と付き合う機会がありどういうことかわかったのでここに書いておく。


私は彼らと話しているとよくわからない違和感を感じていた。

なんだかわからないがこの人たちといると変に居心地が悪い。

彼らと会うのはそれなりに楽しいができたら会うのは避けたいと内心では思っている。

会わなくて良くなった場合心が軽くなったような気持ちになる。

特に積極的に避けるような人たちではないのにどうしてそう思ったのか自問自答してみた。


そう言う人たちの会話の70%は質問で構成されている。

探偵の身辺調査のように根掘り葉掘りいろんなことを聞かれる。そして聞かれる内容はこちらの人となりについての質問ではなく私のわかりやすい外部的ステータスを示すことに対する質問である。


わかりやすい特徴として彼らは初対面の挨拶で年齢を聞いてくる。理由をきいたらまず年齢が上だったら敬語を使うべきだろうからと言われるだろうが、彼らの場合そういう理由は表面上の言い訳に過ぎない。

彼らはこちらの年齢を知ることによって、何歳ならこうしているべきのようなカテゴリーで人をまず分類する。もしその共通イメージにあっていなかったら下にみるいいネタになるからだ。歳下なら先輩面をしてアドバイスや説教という名目の押し付けがましい発言ができたり、歳上なら女性の場合、若さ至上主義の日本社会でで否応なく上に立てる。男性なら歳上なのに自分より何かで劣っていたらそこをつつける。という具合に彼らにとって人の年齢というものはどうしても知らなければならない重要な情報である。

そのため年齢を言いたくない女性などを激しく攻撃する。異性なら出産が可能かどうかなどの情報が欲しいから本能的なものだとか言う人もいるだろうが、初対面の相手に出産させるつもりなのは気持ちが悪すぎるので一種の値踏みに適当な言い訳をしているのだろう。


映画や本などの話でも、その映画や本が、どの程度権威のある人から評価されているかによってこちらの文化レベルを推し量る目的しかないため、共通のものを見ていても感想や解釈などを語り合うことにはならず、本当にただの質問だけで終わってしまう。

彼らは人間関係を自分より上か下かのような関係しか築けない。


そのため表面的でわかりやすいステータスを示す情報を欲しがる。


質問ばかりなのはこのためだろうと思われる。

家の家賃まで質問された時は驚いた。

彼らはプライバシーに関する質問を失礼だと感じる感覚が麻痺しているようにも感じる。

仲の良い友人同士の会話ではほとんど質問など出てこないが、彼らは何回会っても詮索じみた質問なしで会話ができないのではないかと思えるほどだ。

彼らは下にカテゴライズした人間は自分の下僕のように扱っても良い。自分に媚びへつらうべきだと考えているためなるべく自分が下になることを避けようとする。


そのため相手を下に見ることができる情報が必要なのだ。もし相手に下に見られ、媚びへつらうことを強要された時に、逆転できるカードを探しているようなものだ。

そしてその相手に勝っている部分の持ちカードが自分がどうしても勝てない場合、彼らは媚びへつらうか、嫉妬して妄想の中で相手の欠点を作り上げ、真実のように周りに吹聴する。彼らの中では自分の妄想であるのに吹聴するうちに真実になってしまう傾向もある。


また、気味が悪いほどに人のSNSもチェックして欠点を探している。彼らは嫌いな人間でもミュートやブロックを自分からすることは少ない。(優位性を示すために自分からブロックしても違うアカウントから見ていたりする。)


彼らはSNSで自慢ばかりしているが、それは自分の優位性を示す情報を相手に与えることにより自分は優位だから媚びへつらうようにというメッセージであることが多い。

自慢ばかりしている人が嫌われるのはこのメッセージによるところが大きいだろう。


また、彼らの特徴として、人との会話中によくLINEをいじっている。また、人の携帯の通知欄にLINEが来ていると当然のようにその中身を見て何かしら言うことを失礼なことだと思わない。特に通知欄の名前を見て、異性の場合それは誰なのか、どういう関係かなど質問されることがよくあった。


会話中にLINEばかりされると嫌なものなのでできるだけ避けるのが普通だが、彼らは自分には連絡を取り合う知人がこれだけいるということを誇示するためにどうでもいいLINEを会話中にしている確率が高い。


ひどい場合だと、会話中にナンパでLINEを交換した男とLINEをして、誘われるのうざいとか言われたことだ。ブロックすればいいのにと思っていたが、これも自分は異性から求められているということを周りに誇示したいためわざわざ皆の前で連絡をしていたのだろう。


私は、彼らと色々話したのに、会話の内容は何一つ覚えていない。

仲のいい友人だと、面白かったり心に残った会話は何年も覚えているものだが、本当に覚えていない。

彼らの間でも同じようで、友人の話をする場合、その友人がこんな面白いことを言った。こんな人柄でこんなことをした。という話は出てこない。その友人がこんなステータスを持っているいう話ばかりだ。


その場合、こんなに高いステータスを持つ人物と友人であるという自慢か、ステータスが低いのに勘違いをしているという悪口に分けられる。


ステータスが低い友人を見下すような悪口は、正直いちゃもんのような内容が多い。

自分よりブスなのにあの子はSNSに自撮りをあげているだとか、自分より学歴が低いのに難しそうな本を読んでいたとかだ。

つまり彼らの基準で下だと思っていた友人が、その人の基準では彼らと同等か、それ以上だと思っていることが許せないようである。

彼らはよく他人を調子に乗っている。などと批判するが、自分が勝手に下だと思っている人間が、自分では下だと思っていない。それは自分の基準=自分を否定されたことだから許せないということだろう。

また、彼らは人の行動に対し、すぐに〇〇をアピールしていると言いたがるが、それは自分が常に周りに自分の優位性を示していなければ不安になる心理の投影でしかない。


彼らは自分が下だと思った人間には求められていないアドバイスをしたがる傾向がある。

その人のためを思って言っているという名目だが、本音は自分より下の相手を自分の価値観でコントロールするのがものすごい快感なのだろう。


彼らの価値判断基準は様々であるが、彼らの判断基準にしている価値観の多くは、自分がその価値基準で評価されたことによってコンプレックスを強く感じたことが多いように思える。


つまり彼らが勝手に人を裁いている内容は、人を映し鏡にしてずっと自分のコンプレックスを人に話しているだけにすぎない。

彼らに勝手に下に見られ、勝手な基準で裁かれても本当は落ち込むことなどないのだ。

彼らは相手をやたらとカテゴライズしたがり、漫画のキャラクターのように一面的な人格を相手に見出して相手と関わろうとするが、彼らに勝手に作られた私のキャラクターは私と全く関係のないものに関わらず、彼らは勝手に自分が作り上げたキャラクター通りに他人が振る舞うように強制的な態度をとり、私本人よりも彼らの脳内で作り上げた私というキャラクターのイメージを優先するため、見当違いなのに決めつけるような発言が多い



彼らは他人など見ていないし関わってもいない。ずっと鏡に向かって話し続けているだけなのだ。


彼らは鏡に向かって話続けているが故に、たくさんの鏡を欲しがる。

そして鏡にたくさんのラベルを貼って、そのラベルに応じた自分の姿を見ている。

彼らの会話が質問だらけなのも、鏡に貼れるラベルは多ければ多いほどよく、そのラベルに優位性を示す情報が多ければ、その人と自分を同一視し優れているように感じ、そのラベルが自分より下ということを示していればいるほどその鏡には相対的に自分が美しく映るからだ。


彼らは上か下かを推し量る居心地の悪い関係しか作れないのにやたらと飲み会などの名目で人と集まりたがる。

友達が多いことや、忙しく友達と会っていることそのものに自分の優位性を見出しているところもあるだろうが、彼らはずっと自分しか見ていない故に一人になることができないのだ。


他人という鏡のない世界で自分と向き合うことが恐ろしくてたまらないため、彼らはやたらと人に会ったり、友人を増やしたがる。

彼らにうんざりしてすぐに離れていく人も多く、結局似た価値観の人で集まって見下しあいをする殺伐とした関係性の中に身を置かなければいけなくなった結果、常に比較ばかりして、比較ばかりされているため他人の物差しなしではなにもわからないし、他人の物差しのない世界は混沌としていて恐ろしく感じてしまうのだ。

彼らは自分と違う価値観を持っていたり、自分との差異を他人に感じると、それを他人を見下せる要素として処理する。そのため彼らは人と違うということを極端に恐れる。


人と違うということは、特別優れているから違うと感じない限り、見下され、酷い扱いを受ける要因になると考えるからだ。

たとえば白人や、白人とのハーフの人への彼らの態度は複雑である。

世界的な白人の優位性がわかっているため卑屈になったり、日本ではマイノリティの白人に対してなんとか上に立とうとしたり、白人ハーフ=美しい=上。といった要素のないハーフの人をいきなりハーフなのにブス、失敗なとど罵倒したりする。

白人が世界的に優位なので黙っていては見下されると感じるために過剰に反応するのだ。


また、英語ができることを誇示するために知らない白人に妙な質問を繰り返す人などもよく見るが、彼らにとって、英語で白人と話した自分ということしか頭になく、目の前の白人は人間に見えていないんだろうなと思うことが多い。


彼らは孤独である。


それは世界に自分一人しかいないから孤独なのだ。


しかし彼らの孤独を埋めることは本人にしかできないだろう。

人にコンプレックスをぶつけ続けても彼らはずっと孤独なままだ。